ここで、少し話が逸れるけれど、こうした二眼レフにしても、レンジファインダーライカなど、クラシックカメラ購入の相談を受けることが最近多くなってきた。長文のお手紙などを頂いてしまうと、依頼仕事の原稿以上に返事書きに逡巡したりしている。
私にしても仲間が増えるのは嬉しいものだから、時間の許す限りアドバイスはすることにしているのだが、どうも写真の根本的知識がまったくないまま、そのカタチだけで熱くなってしまい、購入後にはさほど練習を積まないまま、撮影に挑み失敗してイヤになる事例というのはかなりあるようなのである。
私も、苦労したり努力するのは人一倍嫌いなほうであるから、人のことをとやかく言える立場ではないのであるが、ある時友人がライカM4を購入するのを手助けするのに、カメラ探しから、つき合ったことがある。苦労の末、市価よりもだいぶ安い金額で入手することができ、私は自分のことのように嬉しくなってしまった。
それから3ヶ月後に再び会ったのだが、その友人はもうM4を手放していた。自分には使いこなせなかったというのがその理由であるが、よく聞けば、最初に撮影した時にM4と同時に購入したエルマー50ミリF2.8を沈胴させたまま撮影し、全てピンぼけ写真を作ってしまい、それでもうイヤになったというのである。まったく言葉を失うような話であるが、二眼レフにおいても勘違いからくる同じような話がある。
先に、カメラ購入にあたって、カタチから入るのは悪いことではないと書いたけれども、カタチが美しいのと、写真が簡単に写せるというのはまったく次元の違う話ではないかとも思うがどうだろうか。
少なくとも今の「写ルンです」を使えばわかる通り、露出の知識が仮に皆無であったとしても、カラーネガフィルムを使用し、これをきちんとカメラに装填できさえすれば、どんなクラシックカメラであっても、画像はかなりの確率できちんと写るものである。
私も努力するのはイヤなのだが、こうしたクラシックカメラの真の存在価値とは、日々の利便性によるべく作られたカメラを使いすぎ、弛緩してしまった自分の軟弱な精神を、少しでも矯正するために必要なのではないかと考えているくらいである。つまりこうした完全マニュアル操作カメラは自分を甘えさせないための、最後の砦ではないかと考えているくらいなのである。なお、ローライの詳しい歴史、操作方法などを知りたい読者には、メディアジョイから発売されている
ローライカメラ図鑑CDが最高である。これが10年前に発売されていたならば、私もそんなには苦労をしなかったように思えるのだが(笑)。